モンゴル抑留 見捨てられた死者たち

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  • 定価: 円 (本体円+税)
発売日:
2026年06月10日
判型:
新書判
ページ数:
336
ISBN:
9784040825663

モンゴル抑留 見捨てられた死者たち

  • 著者 井手 裕彦
  • 定価: 円 (本体円+税)
発売日:
2026年06月10日
判型:
新書判
ページ数:
336
ISBN:
9784040825663

なぜモンゴルだったのか――歴史に埋もれたもう一つの「抑留」

悲劇はシベリアだけではなかったーー。
第二次世界大戦後、多くの日本人がモンゴルへ抑留されたことはほとんど知られていない。
その数、約1万4000人。軍人のみならず、数合わせのために無差別に連行された民間人が「日本人狩り」の犠牲となった。
食料も防寒具もなく、零下数十度にもなる極寒の地で、過酷な労働をかせられた抑留者たちは、感染症や凍死、銃殺などで次々と命を落としていく。自ら命を絶った者も少なくなかった。
戦後の日本政府は、ソ連と異なり、モンゴルの抑留者について実態解明を怠ってきた。モンゴル政府から提供された名簿を30年にわたり棚ざらしにしていた事実もわかっている。
元新聞記者の著者は、在職中に知ったモンゴル抑留を退職後も追いかけ続け、埋もれている歴史を明らかにしてきた。
モンゴル公文書館などから死亡記録を発掘し、そこに書かれた犠牲者の遺族を探しあてて死亡記録を届け、時にはモンゴル諜報庁にまで乗り込む。
日本政府をも知らない資料を基に厚労省にかけあい、腰の重い官僚たちを動かしたこともある。
知られざる抑留の実態を記す貴重な書。

【目次】
はじめに モンゴルのKGBへの挑戦
第一章 置き去りにされてきた抑留者
第二章 二つの戦争が抑留の起こりだった
第三章 民間人が無差別に拉致された「日本人狩り」
第四章 食料も防寒服も寝具も何もない「絶望の国」へ
第五章 当局に迎合した抑留者、抵抗した抑留者
第六章 死亡記録から見える「さまざまな死」
第七章 突然の一斉帰還命令と残留させられた抑留者たち
第八章 抑留問題に向き合ってこなかった日本外交
最終章 「歴史の扉」は開いたのか
おわりに 近くて遠い国
主要参考文献
モンゴル抑留関連年表
悲劇はシベリアだけではなかったーー。
第二次世界大戦後、多くの日本人がモンゴルへ抑留されたことはほとんど知られていない。
その数、約1万4000人。軍人のみならず、数合わせのために無差別に連行された民間人が「日本人狩り」の犠牲となった。
食料も防寒具もなく、零下数十度にもなる極寒の地で、過酷な労働をかせられた抑留者たちは、感染症や凍死、銃殺などで次々と命を落としていく。自ら命を絶った者も少なくなかった。
戦後の日本政府は、ソ連と異なり、モンゴルの抑留者について実態解明を怠ってきた。モンゴル政府から提供された名簿を30年にわたり棚ざらしにしていた事実もわかっている。
元新聞記者の著者は、在職中に知ったモンゴル抑留を退職後も追いかけ続け、埋もれている歴史を明らかにしてきた。
モンゴル公文書館などから死亡記録を発掘し、そこに書かれた犠牲者の遺族を探しあてて死亡記録を届け、時にはモンゴル諜報庁にまで乗り込む。
日本政府をも知らない資料を基に厚労省にかけあい、腰の重い官僚たちを動かしたこともある。
知られざる抑留の実態を記す貴重な書。

【目次】
はじめに モンゴルのKGBへの挑戦
第一章 置き去りにされてきた抑留者
第二章 二つの戦争が抑留の起こりだった
第三章 民間人が無差別に拉致された「日本人狩り」
第四章 食料も防寒服も寝具も何もない「絶望の国」へ
第五章 当局に迎合した抑留者、抵抗した抑留者
第六章 死亡記録から見える「さまざまな死」
第七章 突然の一斉帰還命令と残留させられた抑留者たち
第八章 抑留問題に向き合ってこなかった日本外交
最終章 「歴史の扉」は開いたのか
おわりに 近くて遠い国
主要参考文献
モンゴル抑留関連年表

※画像は表紙及び帯等、実際とは異なる場合があります。

  • ニコニコカドカワ祭り2026

もくじ

はじめに モンゴルのKGBへの挑戦
第一章 置き去りにされてきた抑留者
第二章 二つの戦争が抑留の起こりだった
第三章 民間人が無差別に拉致された「日本人狩り」
第四章 食料も防寒服も寝具も何もない「絶望の国」へ
第五章 当局に迎合した抑留者、抵抗した抑留者
第六章 死亡記録から見える「さまざまな死」
第七章 突然の一斉帰還命令と残留させられた抑留者たち
第八章 抑留問題に向き合ってこなかった日本外交
最終章 「歴史の扉」は開いたのか
おわりに 近くて遠い国
主要参考文献
モンゴル抑留関連年表

「モンゴル抑留 見捨てられた死者たち」感想・レビュー
※ユーザーによる個人の感想です

  • 戦争終了時に満州にいてシベリアに強制連行されてしまった兵士(抑留者)のことは、令和の今でもニノで映画化したりとある程度知られているけど、モンゴルに強制連行された日本人のことは正直全く知りませんでした。兵 戦争終了時に満州にいてシベリアに強制連行されてしまった兵士(抑留者)のことは、令和の今でもニノで映画化したりとある程度知られているけど、モンゴルに強制連行された日本人のことは正直全く知りませんでした。兵士だけでなく民間人の割合が高いこと、ある意味シベリアより劣悪な環境のため死亡率が高いこと等、元読売新聞記者が持ち出し手弁当の定年後ライフワークで調べたルポ。学者が記す歴史ものの新書と比べて良くも悪くも熱量が高い。抑留に関しては「南方抑留」っていう新書も去年出てっから読んでみよっと。 …続きを読む
    おかむら
    2026年09月29日
    26人がナイス!しています
  • 満蒙開拓団の犠牲者について関心があるので、その関連で読んだのですが、ソ連や中国の関与はともかく日本とモンゴルの外交関係が大きく影を落としているのが残念でなりません。著者の個人的な努力に頼るしかないのが 満蒙開拓団の犠牲者について関心があるので、その関連で読んだのですが、ソ連や中国の関与はともかく日本とモンゴルの外交関係が大きく影を落としているのが残念でなりません。著者の個人的な努力に頼るしかないのが現状なのでしょう。日ソ中立条約違反もさることながら、民間人の抑留そのものが違法である事はもっと知られていいでしょう。 …続きを読む
    金吾庄左ェ門
    2026年06月23日
    14人がナイス!しています
  • 終戦後のシベリア抑留者の話は知っていたが、モンゴルにも一万人を超える抑留者がいたのだ。しかも民間人の割合が高く、そして抑留中の死者が多いのは、モンゴル収容所の劣悪な環境によるものだ。注目される日ソ交渉 終戦後のシベリア抑留者の話は知っていたが、モンゴルにも一万人を超える抑留者がいたのだ。しかも民間人の割合が高く、そして抑留中の死者が多いのは、モンゴル収容所の劣悪な環境によるものだ。注目される日ソ交渉の影に隠れてモンゴル抑留者が話題になることはなかった。筆者は粘り強く当局とも交渉し、死者の情報を調べ上げては遺族のもとに届ける活動を自腹で続けており、何とも頭が下がる。先日両陛下が当地を訪問し墓地に献花していたが、遺族も高齢化した現在、戦争の悲惨を語り継ぐ人は少なくなり、こうした記録を遺すことの意義は大きい。 …続きを読む
    ろべると
    2026年06月18日
    12人がナイス!しています

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