日ソ中立条約 スターリンのインテリジェンス

日ソ中立条約 スターリンのインテリジェンス

  • 定価: (本体円+税)
発売日:
2026年07月10日
判型:
新書判
ページ数:
296
ISBN:
9784040825502

日ソ中立条約 スターリンのインテリジェンス

  • 著者 河西 陽平
  • 定価: 円 (本体円+税)
発売日:
2026年07月10日
判型:
新書判
ページ数:
296
ISBN:
9784040825502

独ソ開戦の正確な日付を事前に伝達したのはただ一人。それはゾルゲではない

スターリンが刮目した機密情報とは?
疑心、不信、猜疑の螺旋を描き続けた日ソ関係。
ゾルゲの活躍は神話に過ぎなかった等、
ソ連諜報戦の深層を気鋭が新資料を駆使した最新研究から赤裸々に描く!

独ソ開戦の正確な日付を事前に伝達した諜報員はただ一人。それは、ゾルゲではない――。
1920年代早々から、ソ連は対日諜報活動を行っていた。スターリンは時に機密書類に下線まで引き、
ある時は総領事の金庫の鍵までソ連は入手し、日本の軍事的脅威に神経をとがらせていたのだ。
一方、日ソ中立条約の成立から破綻まで、日本では楽観論が大勢を占めていた。
ソ連諜報員の実態、彼らの日本社会への驚くべき浸透ぶりから、
報告した情報にスターリンがとった行動まで、膨大なロシア公刊資料等を博捜し、諜報戦の実態を露わにする。

■日本をあざむいた赤軍戦力の偽情報
■関特演の時、参謀本部は強硬な対ソ戦論者でまとまってはいなかった
■外務省内にはソ連に領土一部割譲もやむなし、の声もあった
■広田弘毅を対ソ交渉の特使に選んだのは明白な失策
■日独両国の接近は早くも暴かれていた
■関東軍防疫部の存在は早くにキャッチされていた
■「関特演」は作戦計画そのものが破綻していた
■「独ソ和平論」という夢想を唱えた田中と服部
■小野寺情報はソ連の対日参戦の確約を示すものではなかった

【目次】
まえがき
第一章 嚆矢 一九二二年、諜報活動は既に始まっていた
第二章 脅威 一九三一年、スターリンはある書類に下線を引いた
第三章 衝突 一九三八年、日ソは張鼓峰事件から逆の教訓を得た
第四章 猜疑 一九四一年、「関特演」のソ連への影響は大きかった
第五章 破局 一九四三年、日本は楽観に縋り、幻想を追い求めた
結語
あとがき
参考文献一覧
スターリンが刮目した機密情報とは?
疑心、不信、猜疑の螺旋を描き続けた日ソ関係。
ゾルゲの活躍は神話に過ぎなかった等、
ソ連諜報戦の深層を気鋭が新資料を駆使した最新研究から赤裸々に描く!

独ソ開戦の正確な日付を事前に伝達した諜報員はただ一人。それは、ゾルゲではない――。
1920年代早々から、ソ連は対日諜報活動を行っていた。スターリンは時に機密書類に下線まで引き、
ある時は総領事の金庫の鍵までソ連は入手し、日本の軍事的脅威に神経をとがらせていたのだ。
一方、日ソ中立条約の成立から破綻まで、日本では楽観論が大勢を占めていた。
ソ連諜報員の実態、彼らの日本社会への驚くべき浸透ぶりから、
報告した情報にスターリンがとった行動まで、膨大なロシア公刊資料等を博捜し、諜報戦の実態を露わにする。

■日本をあざむいた赤軍戦力の偽情報
■関特演の時、参謀本部は強硬な対ソ戦論者でまとまってはいなかった
■外務省内にはソ連に領土一部割譲もやむなし、の声もあった
■広田弘毅を対ソ交渉の特使に選んだのは明白な失策
■日独両国の接近は早くも暴かれていた
■関東軍防疫部の存在は早くにキャッチされていた
■「関特演」は作戦計画そのものが破綻していた
■「独ソ和平論」という夢想を唱えた田中と服部
■小野寺情報はソ連の対日参戦の確約を示すものではなかった

【目次】
まえがき
第一章 嚆矢 一九二二年、諜報活動は既に始まっていた
第二章 脅威 一九三一年、スターリンはある書類に下線を引いた
第三章 衝突 一九三八年、日ソは張鼓峰事件から逆の教訓を得た
第四章 猜疑 一九四一年、「関特演」のソ連への影響は大きかった
第五章 破局 一九四三年、日本は楽観に縋り、幻想を追い求めた
結語
あとがき
参考文献一覧

※画像は表紙及び帯等、実際とは異なる場合があります。

もくじ

まえがき

第一章 嚆矢 一九二二年、諜報活動は既に始まっていた
ソ連の対外諜報活動の起源/在留邦人拘束さる/総領事の金庫の鍵すら入手されていた/「極東のパリ」は諜報活動の最前線/ソ連の協力者となった朝鮮軍将校「アベ」/偽書「田中上奏文」をアベが提供した?/その後の「アベ」、そして明かされた正体/初の駐日大使館付武官カール・ヤネリ/諜報網「クラブ」/暴れる武官夫人、モスクワを動かす/日本をあざむいた赤軍戦力の偽情報 等

第二章 脅威 一九三一年、スターリンはある書類に下線を引いた
賽は投げられた/満州事変はソ連に予想されていた/日本情報を入手せよ/スターリン、機密情報に接す/傍受し続けるソ連/日独両国の接近は早くも暴かれていた/増強される特別赤旗極東軍/ゾルゲの上司だった、ある老諜報員の証言/OGPU東京支局の苦心/無鉄砲だったゾルゲ/スターリンは自ら情報回路を破壊した/情報提供者、憲兵隊将校「クロートフ」

第三章 衝突 一九三八年、日ソは張鼓峰事件から逆の教訓を得た
関東軍防疫部の存在は早くにキャッチされていた/張鼓峰事件は悪しき「教訓」をもたらした/奇妙なオルロフ報告/ハルハ河の諸戦闘(ノモンハン事件)/赤軍への警告の声は黙殺され続けた/切り捨てられた関東軍の中下級指揮官/スターリンの外交的勝利/極東から見た「冬戦争」/ソ連は三国同盟後も警戒を緩めなかった/日ソ中立条約交渉/陸軍は「対ソ戦備の増強期間」と捉えていた 等

第四章 猜疑 一九四一年、「関特演」のソ連への影響は大きかった
独ソ開戦情報の奔流/ロシアで起きている「ゾルゲ・ブーム」/ゾルゲの報告は曖昧なものだった/蒋介石の軍事顧問にしてNKVDの協力者/ヒトラーとリッベントロップの路線対立/参謀本部は強硬な対ソ戦論者でまとまってはいなかった/「関特演」は作戦計画そのものが破綻していた/「ゾルゲ情報が赤軍を勝利に導いた」という神話/ソ連は対日戦を警戒し続けていた 等

第五章 破局 一九四三年、日本は楽観に縋り、幻想を追い求めた
食い違う日独の対ソ軍事路線/「個人的な意見」東郷外相の発言はソ連の猜疑心を高めた/対ソ作戦計画は事実上の無期限延期となった/「独ソ和平論」という夢想を唱えた田中と服部/転換期は一九四三年/ソ連、日本へ攻勢をとる余裕をもつ/日本、ソ連への傾斜を強める/ヤルタ会談後、ソ連に縋る日本/外務省内には領土一部割譲もやむなし、の声もあった/不毛なる広田・マリク会談/小野寺情報はソ連の対日参戦の確約を示すものではなかった/楽観論に押しやられた判断 等

結語
あとがき
参考文献一覧

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