禅八講 鈴木大拙 最終講義

  • 定価: (本体円+税)
発売日:
2013年04月23日
判型:
四六変形判
商品形態:
単行本
ページ数:
224
ISBN:
9784047035225

禅八講 鈴木大拙 最終講義

  • 著者 鈴木 大拙
  • 編者 常盤 義伸
  • 訳者 酒井 懋
  • 定価: 円(本体円+税)
発売日:
2013年04月23日
判型:
四六変形判
商品形態:
単行本
ページ数:
224
ISBN:
9784047035225

禅思想を世界に普及させた賢人・鈴木大拙。その知られざる最終講義を読む。

大拙が生涯最後に説いた禅の神髄とは。膨大な遺稿研究によって発掘された知られざる最終講義とともに、戦後の海外布教期に行われた七つの講演を初めて書籍化。禅の広大で豊かな世界を開く。解説:末木文美士。

〈目次〉
   発刊の辞──松ヶ岡文庫・理事長 井上正道
         松ヶ岡文庫・文庫長代理 石井修道
   編者序文──常盤義伸

第一部 最終講義
    禅は人々を不可得という仕方で自証する自己に目ざめさせる
    Zen Opens OurEyes to the SElf which is Altogether Unattainably Attainabe.
    【第一部 編者解説】

第二部 鈴木大拙、禅の世界を語る
    序章 仏教とはなにか?
       What is Buddhism?
    第一章 禅と心理学
        Zen and Psychology
    第二章 禅仏教と芸術
        Zen Buddhism and the Arts
    第三章 禅仏教の戒に生きる
        Living by the Precepts of Zen Buddhism
    第四章 仏教と倫理
        Buddhism and Ethics
    第五章 仏教の神秘主義
        Buddhist Mysticism
    第六章 禅仏教の哲学
        Philosophy of Zen Buddhism
    【第二部 編者解説】

    編者あとがき

    解説 『禅八講──鈴木大拙 最終講義』をどう読むか 末木文美士
  • ニコニコカドカワ祭り2021
    ニコニコカドカワ祭り2021

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「禅八講 鈴木大拙 最終講義」感想・レビュー
※ユーザーによる個人の感想です

  • 【禅は人々を不可得という仕方で自証する自己に目ざめさせる】:禅が分からず知りたいと思い手に取った。1949年~1962年の間にハワイや米国での講演を筆写したもの。あとがきに、外国人に理解できるよう様々 【禅は人々を不可得という仕方で自証する自己に目ざめさせる】:禅が分からず知りたいと思い手に取った。1949年~1962年の間にハワイや米国での講演を筆写したもの。あとがきに、外国人に理解できるよう様々な比喩を用いているが、これ一冊で禅の全てと思わぬよう記載されてる。私の理解は遠い。読書で呼吸が止まりそうになったのは初めての事。第一部は最後に読むのがよい。心理学、芸術、倫理、神秘主義、哲学などを引き合いに出し論述してるが、理解できる箇所とそうでない箇所がある。臨済録のような書物に比べると理解は易いが・・・偈 …続きを読む
    出世八五郎
    2016年04月18日
    19人がナイス!しています
  • 師達磨に弟子の慧可が心の不安を訴える。師は汝の心をここに出してみろという。弟子は探したがないと応える。すると師は、汝は安心を得たと喝破し、弟子は悟る。著者はこの逸話を「不可得という仕方で自証する」と解 師達磨に弟子の慧可が心の不安を訴える。師は汝の心をここに出してみろという。弟子は探したがないと応える。すると師は、汝は安心を得たと喝破し、弟子は悟る。著者はこの逸話を「不可得という仕方で自証する」と解説する。禅は「自証する」自己の意識を捨てない。言葉を批判する思想は言葉のない宇宙を立場にしたがる。禅も悟りによる「真の自己」の経験を目指すが、一方でその経験によって意識を新たに「目覚め」させる。枠を一度外し、再び枠をはめると世界が別様になる(井筒俊彦)。禅には経験と理論両側の理解が必要だ、と著者は最後にいう。 …続きを読む
    roughfractus02
    2021年02月28日
    6人がナイス!しています
  • ビート・ジェネレーションにわかりやすく書いた大拙の著作が歪んで受け入れられてしまったことを受けて、わかりやすさを排し、禅そのものをぶつけるかのごとくに書いた(講演した)もの、と言われるとなるほどと思う ビート・ジェネレーションにわかりやすく書いた大拙の著作が歪んで受け入れられてしまったことを受けて、わかりやすさを排し、禅そのものをぶつけるかのごとくに書いた(講演した)もの、と言われるとなるほどと思う。第一講については半年ぐらいの講義でみっちり解説しつつ考えつつをするべきぐらいの濃度で、私レベルではなかなか歯が立たない。第二講以降はずいぶん分かりやすくなるが、知識知見(できれば体験も)無くんばこれもまた辛かろう。ごろり、と悟りそのものがころがっているような本。いずれまた。 …続きを読む
    マサトク
    2020年12月17日
    0人がナイス!しています

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