コモリくん、ニホン語に出会う

「国語の授業は好きでしたか? 私(日本文学研究者)は大っ嫌いでした!」

  • 著者 小森 陽一
  • 定価  円(本体円+税)
  • 発売日:2017年06月17日
  • レーベル:角川文庫

「国語の授業は好きでしたか? 私(日本文学研究者)は大っ嫌いでした!」

「皆さんは国語の授業が好きでしたか?」
帰国子女という言葉すらなかった時代。
コモリくんは書き言葉で話す、周りとちょっと違う小学生。そのためにみんなと“仲間”になり切れず、国語(特に作文!)が大嫌いになったコモリくん。
そんな彼は日本語と格闘し、海外で日本文学を教える側になり、ついには日本を代表する漱石研究者にまでなってしまう。
米原万里氏ら多くの作家も笑賛した、自伝的エッセイの名著。
言葉という不思議なものを巡る冒険の書。
解説は『日本語が亡びるとき』の水村美苗氏。

<もっと詳しい内容紹介>
帰国子女という言葉すらなかった頃、コモリくんはクラスで浮いていました。
両親の仕事の都合によって、チェコのプラハで幼少期を過ごしていたコモリくんは、日本に帰国してから、日本語をいちから覚え直していくことになります。
一生懸命、日本語を学んで、おかしくないように話しているはずなのに、コモリくんが話すたびにクラスメイトに笑われます。

「ミナサン、ミナサンハ、ボクノニホンゴノ、ナニガイッタイ、オカシイノデショウカ?」

帰国子女・コモリ君は、文章語で話す小学生でした。そのため、周りからはおかしな子と思われてしまっていたのです。
日本社会の異分子として日本語に出会い、格闘したコモリくんは、『吾輩は猫である』の猫に感情移入して読書感想文を書きあげますが、先生に誤読と言われてしまいます。
さらに、高校で書いた『こころ』の読書レポートでは、Kと先生の奥さんがその後どうなったかを想像し、力を入れて書くも、学校の評価は散々で、気になっていた女の子にも「小森くんて、センスないのネ」と言われ……。
そんなコモリくんが学生運動を経て、深く日本文学を愛し、海外でも日本語を教える側になり、文学研究の第一人者となり、日本語と格闘し続けた記録です。
大学の先生になってから、小学校・中学校・高校で出張授業をして、日本語の可能性・言葉の面白さを生徒と一緒に体感した記録も収録しています。

もくじ

文庫版まえがき

第1部 日本語に出会う

 第1章 ことばとの出会い
  記憶のなかから
  プラハのロシア語学校へ
  ロシア語の世界とクラス・メイトたち
  言語能力と差別
  不良の友達

 第2章 帰国してから
  日本語は言文一致じゃない!
  吾輩は猫である・・・
  「国語」への恨み
  日本の「国語」と旧ソ連の「ロシア語」
  バイリンガルは可能か

 第3章 ことばの実践としての政治参加
  国際情勢の中の個人
  高校での学園紛争
  文章語で話してもいいの?
  アジテーションの言語
  『こゝろ』の傷

 第4章 「国文科」進学
  成績は〈カフカ全集〉
  卒業論文―「言文一致」と翻訳
  「標準語」と「地方語」の間
  文学と歴史の境界で
  無知の特権

第2部 日本語と格闘する

 第5章 アルバイト教師時代
  アルバイトの日々
  教師になる
  再び『こゝろ』に取り組む
  男子校での授業
  女子校での展開
  進学塾での国語授業
  日本語の能力の低下と英語

 第6章 日本文学を教える
  同人誌の創刊と大学への就職
  卒論指導の悩み
  大学で文学を教えるとは
  テクストの構造分析
  文脈を復元する

 第7章 アメリカで日本語と出会う
  アメリカの学生たち
  国境の町の日本語
  ビバリー・ヒルズの一人芝居

 第8章 声と身体で表現する日本語
  身体と言語の抑圧
  個別のコンテクストを
  規範の獲得と開かれたことば・身体
  他者のことばと身体
  「日本語」を組み替える

第3部 日本語を教える

 第9章 道場破り――小学校の巻
  [ライヴ記録]「吾輩は猫である」
  三十一匹の猫たち
  道場主から

 第10章 道場破り――中学校の巻
  [ライヴ記録]谷川俊太郎「朝のリレー」
  ごめん、君たちは大人です
  道場主から

 第11章 授業というライヴ――高校の巻
  [ライヴ記録]宮沢賢治「どんぐりと山猫」
  授業をセッションとして

あとがき
文庫版あとがき
解説 水村美苗

書籍売上ランキング

最近チェックした商品