立ち読み

きみが見つける物語 十代のための新名作 切ない話編

:角川文庫編集部

文字サイズ変更   

1  これ、中学のころの話ね。  佐藤健司、っていうやつがいた。  おっ、こんな立派な漢字の名前、持ってたんだっけ? イメージは、ケンジ、っていうカタカナだけだぜ。  学校に、ケンジっていう名前のやつは、まだまだいたんだろうけど、ケンジ、っていったら、まちがいなくこいつのことを指してたね。教師たちだって、ケンジ、って呼ぶし、下の学年のやつにも、ケンジさん、とか言われてて、ひどいなあ、これは。  有名といえば有名なわけ。俺はいやだけどね、こんな有名人は。  ケンジは、北海道から引っ越してきた。中一の四月。  うちの中学は、ふたつの小学校が一緒になる。そのときに最初から入るっていうのは、なかなかいいタイミングだよね、ふつうなら。転校生として目立たない。まだ、全体がしっくりいってないから。  で、入学式の次の日かその次の日かなにか、ケンジは遅刻して教室にはいってきた。俺は、同じクラスだったんで覚えてる。  ドア、開けて、 「いやーっ、失敗、失敗。みっつも目覚ましして、みんな止めてやんの、気がついたら。まいったなあー」  とか、しゃべりながら。  まだね、中学に入学したばかりだぜ。ある程度は緊張してるじゃないの。わからないやつのことは、わかってないし。  みんな、シーン、としてた。  教卓のところにいる教師も黙って見てた。  そしたら、ケンジは、前の入口からすぐの机の脚につまずいて大きな音をたてて、 「いてーよお、おかあちゃん。いてー」  って、言った。片方の足でピョンピョン跳ねる。  教室は、もっと静かになってしまった。 「あれ」  って、ケンジは言って、口を開けていた。  これが、デビュー。  その後のケンジは……、そのままだった。  ギャグをやり続けた。  体育の時間に走り幅跳びをやれば、踏みきり板を駆け抜けて、 「セーフ」  と叫んで、ヘッド・スライディングした。  走り高跳びをすれば、背面跳びの姿勢のまま、肩のところでバーをつかみ、 「キエー」  っと、奇妙な声をあげてマットの上でヤリ投げのポーズ。  面白くないの。  俺なんか顔そむけたくなったね。  で、列にもどってきたところを、けってやった。かなり力いれて、尻の上。ケンジはぶっ倒れた。  起き上がって、なんでけられたのかわからない、驚いたって感じで振り向いた。  それでね、俺のこと見て、俺が怒ってるのに気づいて、おびえた目になったの。すりむいた膝おさえて、オドオド見上げる。  俺、こういうやつ見ると踏みつぶしてやりたくなるね、毛虫みたいに。  かかってこいよ、文句あるんなら。ねえ、そう思わない?  ケンジは、急に顔じゅうで笑い、 「まあ、お兄さんったら、乱暴なかた」  と言って、クネクネした。  ばかばかしくって、それ以上相手する気がしなくなった。  ケンジは、受けても受けなくても冗談をやり続けた。いつまでも。  昼休みには、ひとりで昨日のテレビのダイジェスト版。ほうき持って歌いまくる。  ケンジの名を一気に学校中にひろめたのは、朝礼の時間ね。  月曜の朝には、雨が降っていなければ校庭で全校集会があるわけ。生徒会長が司会して、校長がしゃべって、各クラスの体育委員が前に出てラジオ体操をする。  くだらない。  1年の1学期、ケンジはその体育委員だった。(最初にあんなデビューをしたせいで選ばれた。その後は、二度と、なんの委員にもならなかった)  で、ケンジは体操がヘタなの。手や足を伸ばすとこでもビシッてしないし、なんかグニャグニャ。ま、ただ立ってるだけで、からだが貧弱なんだけど。背は低いし、細いし。  ところがね、始まってしばらくすると、ケンジは一歩ずつ右へと寄っていった。朝礼での並び方は、2年と3年が外側にいて、1年が真ん中。その全体の中心に向かって右にズレてく。  うちのクラスの連中の間では、期待が高まってきてたね。だって、朝からかったるいのに、ラジオ体操なんてバカげたことさせられてる。せめて、ここでケンジに何かしてもらいたい。