「勇気と希望」の作品、アンパンマンを生み出した正義と自己犠牲を貫いた大正生まれの男たちの物語

慟哭の海峡 特設サイト 門田隆将 発売予定日:2014年10月10日(金) 頁予定数:336頁 価格:1,600円+税 体裁:四六判上製

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『慟哭の海峡』について

十万人を超える日本軍兵士たちが犠牲になったとも言われる「パジー海峡」

2013年10月、2人の老人が死んだ。

1人は大正8年生まれの94歳、もう1人はふたつ下の92歳だった。
2人は互いに会ったこともなければ、お互いを意識したこともない。
まったく別々の人生を歩み、まったく知らないままに同じ時期に亡くなった。

太平洋戦争(大東亜戦争)時、“輸送船の墓場”と称され、10万を超える日本兵が犠牲になったとされる「バシー海峡」。
2人に共通するのは、この台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡に「強い思いを持っていたこと」だけである。
1人は、バシー海峡で弟を喪ったアンパンマンの作者・やなせたかし。
もう1人は、炎熱のバシー海峡を12日間も漂流して、奇跡の生還を遂げた中嶋秀次である。

やなせは心の奥底に哀しみと寂しさを抱えながら、晩年に「アンパンマン」という、
子供たちに勇気と希望を与え続けるヒーローを生み出した。
一方、中嶋は死んだ戦友の鎮魂のために戦後の人生を捧げ、長い歳月の末に、
バシー海峡が見渡せる丘に「潮音寺」という寺院を建立する。

膨大な数の若者が戦争の最前線に立ち、そして死んでいった。
2人が生きた若き日々は、「生きること」自体を拒まれ、多くの同世代の人間が無念の思いを呑み込んで死んでいった時代だった。

異国の土となり、蒼い海原の底に沈んでいった大正生まれの男たちは、実に200万人にものぼる。
隣り合わせの「生」と「死」の狭間で揺れ、最後まで自己犠牲を貫いた若者たち。
「アンパンマン」に込められた想いと、彼らが「生きた時代」とはどのようなものだったのか。

“世紀のヒーロー”アンパンマンとは、いったい「誰」なのですか――? 今、明かされる、「慟哭の海峡」をめぐる真実の物語。

『パシー海峡』とは

台湾島南端からフィリピンのルソン島間のルソン海峡のうち、台湾島側鵝鑾鼻岬とフィリピン領バタン諸島(バシー諸島)との間にある海峡を指す。太平洋と南シナ海を結ぶ交通の要所で太平洋戦争後半には、米軍潜水艦が多数配置され、多くの日本輸送船を沈められたことから輸送船の墓場と呼ばれた。

地図

バシー海峡の位置

パシー海峡の写真

向こうに見えるのがバシー海峡

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著者紹介

門田隆将

門田隆将(かどたりゅうしょう)

1958年(昭和33年)、高知県生まれ。中央大学法学部卒。ノンフィクション作家として、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなど幅広い分野で活躍。『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。 主な著書に『甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯』(講談社文庫)、『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』(新潮文庫)、『太平洋戦争 最後の証言』(第一部〜第三部・小学館)、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)、『狼の牙を折れ 史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部』(小学館)、『記者たちは海に向かった津波と放射能と福島民友新聞』(角川書店)などがある。

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香美市立やなせたかし記念館 アンパンマンミュージアムと詩とメルヘン絵本館 アンパンマンに会えるアンパンマンと遊ぶ夢と冒険のミュージアム、香北町立やなせたかし記念館。やなせたかし先生の多彩な創作世界の収集・研究・公開を柱に、町の中核的文化施設として設立したミュージアムです。

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