ロングインタビュー
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伊坂 そういうふうにしてバージョンが少しずつ違った「月刊グラスホッパー」をずっと送ってて。ただ、今年の二月ぐらい、二月号に関してはガラッと変わったんですよ。

――それは何が変わったんですか。

伊坂 それは「視点」の問題もあったんですよ。「ラッシュライフ」は三人称の小説なんですが、あの作品を書いていた時はほとんど何も考えてなかったんです。一人称と三人称の違いには自覚的ではなくて。その次に「陽気なギャングが地球を回す」という作品を書いた時は、悩んだ結果に三人称を選んだんですけど。あの作品は、普通の三人称の手法をそのまま使ってるんですよ。「陽気なギャング〜」の四人のキャラクターはみんな仲間で、ひとつの集団じゃないですか。

――確かにそうですね。

伊坂 そのひとつのグループの中で、視点がちょこちょこと変わる感じに書いてはいたんですよね。それ以降、僕は三人称を書くのが少し怖くなってしまって。読者を感情移入させるには、三人称は本当に難しいっていうことがなんかわかってきたんです。それでちょっと逃げではあるんですけど、とりあえずしばらくは一人称でいこうと思ったんですね。「重力ピエロ」とか「アヒルと鴨のコインロッカー」とか、短編も。ただ「グラスホッパー」に関しては、鯨とか蝉という文字自体が僕は非常に好きなんですよ。

――それは字面として、ということですか?

伊坂 要するに「鯨」って出てきたら大きいやつだろうとか、「蝉」って出てきたらうるさいやつだろうとか、そういうイメージがわかりやすく伝わるんですよ。読者が読み進んでいる時に「こいつ、誰だっけ」って思われるのが僕は一番辛いんです。「鯨」って出てきたら、「ああ、あの大きいやつね」ってわかるじゃないですか(笑)。だから、「グラスホッパー」は一人称にできなかったんです。
 ただ、書いている途中でやっぱり一人称に直したりとかもして、本当に悩んでたんです。「グラスホッパー」の執筆期間って、「陽気なギャング」発売前からなので、多分一年半以上なんですけど、とにかくずっと悩んでいて、それがある時、ローレンス・ブロックの「殺しのリスト」って小説を読んだんです。今年のはじめに。あの小説は三人称なんですけど、一人称の言葉、語りがバンバン出てくるんですよ。それを読んだ時に「ああ、それでいいんだ」と開き直っちゃったんです。
 「陽気なギャング〜」の時の三人称の書き方でやれば、「やるしかないじゃない、と妻の声が聞こえた。君の言うとおりだ、と鈴木は思った」とか、そういう文章になるはずなのに、「グラスホッパー」では、もう、一人称の心理描写みたいにしちゃって。「それはもういいや」と思って。そう開き直った時にすごい楽になって、小説もリズムがでてきて。
 それで今年の二月にそれまで書いてた登場人物もバーッと減らして、最少人数にして今の形にしたんです。それは、去年一年ずっとこの話を書いてきたのが生きたんだろうなって思いますね。
 だから「グラスホッパー」二月号を送るときに、編集さんには「全然知らない人が出てますし、鈴木には死んだ奥さんがいる設定になりましたが気にしないでください」って言って(笑)。

――じゃあ、今残っているキャラクターはその中から勝ち残ったわけですね。

伊坂 そうですね。彼らは勝ち組です(笑)。

――では、それぞれのノミネート理由を(笑)。槿と鯨は最初のバージョンからずっといたんですね。

伊坂 そうですね。槿に関して言うと、僕は「オーデュボン」に出てくる優午みたいに、登場人物の中で一つ上のレベルにいる、全体を俯瞰しているような存在っていうのがすごく好きなんですね。槿もそういうイメージで、何事にも動じず達観してる男、そういう存在ですね。彼を書いているのは気持ちがよかったんですよ。
 鯨も最初のころは、自殺屋というのとドストエフスキーを読んでいるっていうイメージだけがあったんです。体格がすごくいいのに暴力を使わないで殺すっていうところが結構面白いなと。いろいろなバージョンの「グラスホッパー」を書いてきましたけど、鯨だけは終始一貫変わってないんです。僕は鯨のシーンの文章は、ほとんどいじってないんですよね。

――蝉はどうですか。

伊坂 蝉に関しては、そんなには感情移入していないんですけど、ただああいうふうにべらべらしゃべる若者というのは比較的好きなんです。彼に関しては、本当に蝉という名前、ミンミンうるさいというところから来てるので。それと、やってる仕事を抜きにすれば、好きな若者像ではあるんですよね。定職にもついて、ブツブツ文句を言いながらもちゃんとやることはやっているし。

――なるほど。でも、蝉って一番プリミティブな分、すごい等身大感はありますね。

伊坂 そうですか。確かに普通の若者的なイメージはありますね。不良みたいな若者が度が過ぎていって、どんどん外れていって。そして、運動能力があったり自分の頭の回転の良さの使い方がわからなかったがためにああいうふうになって、という。

――たまたま才能を持っていたがために、殺し屋になってしまったっていうイメージですね。蛍と蝉がいて、蝉の方が生き残った理由って何でしょうか。

伊坂 いやあ、何となく女性を書くのが得意じゃないからだと思うんですけど(笑)。僕は自分が男にもかかわらず、男性のこともよくわからなくて。だから、女性はさらによくわからないんですよ。女性がどういう考え方をするかもわからないので、書く時はみんな男だと思って書いてるんですよ。要するに全部僕の感覚で書いているんです。それで、蛍っていうキャラクターは、女性の美しさとか性的な魅力を武器にしていたんですけど、それはやっぱり僕には書けなかった。ちょっと無理が出そうだったんで。そういう理由で蝉が勝ち残ったと思うんですけどね。

――槿を追いかける鈴木に関しては?

伊坂 鈴木は本当にいろんなバージョンを書いたんですよ。彼が最初に登場する第一章もものすごくたくさん書いていて。でも、今のがやっぱり一番ぴったりきていて、なんかよかったんでしょうね。
 あと、彼が言う「僕は結構頑張ってるんじゃないかな」っていうセリフが好きなんです。「僕は頑張ってるんじゃないかな」って、あんまり人に言えない言葉じゃないですか、自分の押し売りみたいで。でも、そういう鈴木のなんだかネガティブなのかポジティブなのかよくわからない雰囲気っていうのは好きだったんですよね。
 彼らに関しては、本当にずっと書いていたような気がするんですよ。実際、去年出した三冊の仕事をしている間もずっと、この、「グラスホッパー」は書きつづけていたので、鯨とか蝉たちは僕の中にすごい存在感があるんですよね。だからどうにか、「頑張って書かなきゃいけない」って思っていました。

――二年間かけて生き残ってきたキャラですもんね。

伊坂 しかも毎月月刊で書いて送ってたんで。非常に思い入れはありますね、彼らには。

――タイトルに関してお聞きしたいんですが、いつ「グラスホッパー」というタイトルを思いつかれたのでしょうか?

伊坂 槿が「飛びバッタ」に関して言及しているシーンがあるんですけど、その現象というのが僕にとってすごい興味深くて。

――バッタが黒く凶暴になってしまう、というやつですよね。

伊坂 そうです。「飛びバッタ」の話を聞いたときに、それは人間にも適用されるんじゃないかっていう思いはあったんですよ。その時から、「飛びバッタ」っていうのをいつか作品に盛り込みたいと思ってて。その時に「バッタって、そういえばグラスホッパーっていうよな」と思って。「グラスホッパー」って、音の響き的にすごくいいじゃないですか。ポップな感じもするし。

――じゃあ、当初から「グラスホッパー」っていうタイトルは……。

伊坂 あったんですよ。殺し屋の話=「グラスホッパー」っていうのは、ずっと僕の中ではあったんですよね。

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