法月綸太郎 ノックス・マシン

ミステリが読みたい!2014年版(早川書房) このミステリーがすごい!201年版(宝島社) 第1位!

このミステリーがすごい!(2014年版)国内編第1位獲得記念!法月綸太郎(著者)×杉江松恋(書評家)トークショーレポート

これぞ究極の知的エンタテインメント!名手・法月綸太郎が放つ、異形の奇想ミステリ集!

上海大学のユアンは国家科学技術局からの呼び出しを受ける。彼の論文の内容について確認したいというのだ。その論文のテーマとは、イギリスの作家ロナルド・ノックスが発表した探偵小説のルール、「ノックスの十戒」だった。科学技術局に出頭したユアンは、想像を絶する任務を投げかけられる……。
発表直後からSF&ミステリ界で絶賛された表題作「ノックス・マシン」、空前絶後の脱獄小説「バベルの牢獄」を含む、珠玉の中篇集。

ミステリ界驚愕&喝采の衝撃作!

● 本格ミステリ、本格SF、両ジャンルの歴史に残る必読の傑作

大森 望(「本の旅人」4月号)

● まさに“血(知)湧き肉踊る”エンターテイメントだ

村上貴史(「ダ・ヴィンチ」6月号)

● 中でも「論理蒸発――ノックスマシン2」は、“感涙すら誘う恐るべき傑作”

千街晶之(「SFマガジン」6月号)

単行本「ノックス・マシン」
単行本「ノックス・マシン」
発売日:2013年03月26日
定価(税抜): 1500円
四六判
ISBN 978-4-04-110415-6-C0093
購入する

文庫本「ノックス・マシン」
文庫本「ノックス・マシン」
発売日:2015年11月25日
定価(税抜): 400円
文庫判
ISBN 978-4-04-103360-9-C0193
購入する 電子書籍

【著者プロフィール】
法月綸太郎(のりづき・りんたろう)
1964年松江市生まれ。京都大学法学部卒。在学中は京大推理小説研究会に所属。88年に『密閉教室』でデビュー。2002年「都市伝説パズル」で日本推理作家協会賞短編部門を受賞。05年『生首に聞いてみろ』で「このミステリーがすごい!2005年版」国内篇の第1位を獲得。同書は本格ミステリ大賞を受賞。他著に『頼子のために』『一の悲劇』『ふたたび赤い悪夢』『キングを探せ』など。

生首に聞いてみろ
「生首に聞いてみろ」
発売日:2007年10月25日
定価(税抜): 743円
文庫判
ISBN 978-4-04-380302-6-C0193
購入する

9の扉
「9の扉」
発売日:2013年11月22日
定価(税抜): 520円
文庫判
ISBN 978-4-04-101095-2-C0193
購入する

パズル崩壊
「パズル崩壊 WHODUNIT SURVIVAL 1992‐95」
発売日:2015年12月25日
定価(税抜): 760円
文庫判
ISBN 978-4-04-103361-6-C0193
購入する

『ノックス・マシン』のつくり方

杉江(以下、杉):まずは『ノックス・マシン』、「このミス」1位おめでとうございます。
法月(以下、法):ありがとうございます。
:大変面白い短編集で、僕は「野性時代」での発表当時から「凄いものが載っているんだが、野性時代は度胸があるな」と思っていました(笑)。探偵小説マニアにはたまらない世界を描いた作品ですね。
表題作「ノックス・マシン」のお話から伺います。「ノックスの十戒」というものがありまして、イギリスの推理作家ロナルド・ノックスが「探偵小説を書く上で作り手が遵守しなければならない法則」をまとめた十箇条です。まず第一条が「犯人は物語の早い段階で言及される人物でなければならない。ただし、読者が思考を追うことを許されている人物であってはならない」となっていて、その他いろんなルールをまとめたものなんですけども、その中に不思議なルールがあるんです。
第五条の「中国人を重要な役で登場させてはならない」。この発表当時から不可思議といわれていたルールについて着目された作品でもあるわけです。そもそもこの小説はどの辺から出発して作っていかれたのでしょうか?
:僕は昔からシャーロック・ホームズのパロディが好きで、ずっと読んでいたんですが、ロバート・J・ソウヤーというSF作家が「ホームズ、最後の事件ふたたび」という面白い短編を書いてます。ホームズのところにタイムマシンで未来人がやってきて、「地球外生命体が存在するはずなのに、なぜファーストコンタクトが出来ないのか。ホームズさん、貴方の知性で謎を解いてください」と頼まれるんですね。
:無茶言いますね(笑)。
:それを引き受けたホームズが未来に行って、量子力学をマスターし、「シャーロック・ホームズという存在自体が物理法則の根源に触れるものである」という結論に達するという、非常に大バカな話なんだけど、最後には泣きそうになる、という不思議な作品になっています。「いつかこういうものを書きたいな」と思っていたんですが、ただホームズでやっても珍しくないから、それに代わるようなものが出来ないかなと思ったときに、なぜかふと「中国人がタイムマシンに乗ってノックスに会ったら面白いな」と(笑)突然思いつきまして。そこからこんな変な作品が出来た、という感じですね。
:作品を発表されたのが2008年春ですよね。それより以前から着想が湧いたんだと思うんですが、その頃の法月さんにとって「ノックス」というのはどういう存在だったのでしょうか?
:ネットなどを見ていると若い人たちの間で、ノックスの十戒とかヴァン・ダインの二十則とかいったルールが割と真面目に受け取られていたように見えたんですね。特にノックスの十戒というのは年期のいったミステリ読みからすると「あれはギャグだから」と囁かれていたものなんですが、厳格なルールとして受け取っている人もいるのかな、と。「うみねこのなく頃に」というゲームがあって、僕はプレイしてないんですが、その中で探偵小説のルールに関する議論をしていたり。なので、ノックスといっても今なら通じるかな、と思って軽い気持ちで書いたものではあるんですが。
:探偵小説史の中では比較的重要な役割を持っている人ではあるんですよね。ブラウン神父シリーズの著者、ギルバート・チェスタトンの親友であり、ディテクションクラブの会員でもある。日本においては『陸橋殺人事件』という作品が知名度は高いが本は絶版という状態が長く続いていました。あまり読まれてはいないんだけど、「十戒」はみんな知っている、という不思議な作家です。
:ノックスという人は僕が知った頃は本当に本が無くて。東京創元社の江戸川乱歩編『世界短編傑作集』に「密室の行者」というこれまた変な密室トリックの作品が収録されていまして。それと、「動機」というもっと人を食った話があり、それぐらいしか読めなかったんですね。ところが『陸橋〜』が出て、その後にもいくつか訳された作品を読むと、別にふざけているばかりではない、と。
:『陸橋』だけちょっとへんてこな話で。
:ものすごいガチガチの本格マニアが好き放題に書いたような作品がいくつかあって、やっぱり特殊な読者にしか受けなかったようですね。
僕が京都大学推理小説研究会に入ったばかりの頃、部室に広島修道大学(?)のミステリ研究会の同人誌が置いてありまして、その中に「ノックスの十戒」をすべて破る見立て殺人の短編が載っていたんです。事件を追っていくと中国人が出てきたり、ワトソンが頭が良かったり、と十戒がことごとく破られている、という。そこから逆算で犯人が分かる、というお話で。この短編も本作の発想の元のひとつかもしれませんね。
もともとノックスの十戒というのは、パロディにされやすい性質をもったルールなんですよね。霧舎巧さんも書いていますね。
:いちばん有名なのは小林信彦さんの『超人探偵』で、その中に第五条「中国人が登場してはいけない」のはなぜか、というのを描いた短編がありますね。
物語としては2058年、小説家の役割が終わっていて、自動文章生成によって小説まで産まれるようになっている時代のお話です。こういう小説家の役割が終わった時代を書かれた理由は?
:円城塔さんの作品を読んで面白いと思って、その影響が出たように思います。特に3編目の「バベルの牢獄」という作品は、明らかに発想のスタート地点の一つは彼の作品でした。
:「ノックス・マシン」という短編はタイムトラベルの冒険譚にもなっていて、密命を帯びた未来の青年が20世紀頭のノックスに会いにいく、というお話です。この時間理論が大変面白いんですが、どうやってこの量子理論的な考えを思いつかれたんですか?
:『未来人ジョン・タイターの大予言』という怪しげな本がありまして。2000年頃に、アメリカにジョン・タイターと自称する男が現れて、「自分は未来からやってきたタイムトラベラーである」と。ネットでいろいろな人から質問を受けて、未来の予言などを語っていたログをまとめた本なんですが、彼が言った「タイムパラドックスは発生しない」といった理論がネタ元のひとつではあります。
:ノックス自体も変人で、僕が好きなエピソードは、彼が最後に書いた本を酷評されて、船から本を捨てて筆を折っちゃう、という話ですね。
:ただ、書く前に彼のことを調べたんですけど、英語圏のカトリック界ではものすごく存在感の大きい人物なんです。いろいろな名言集に彼の言葉が入っているし、ラテン語の聖書を英語に訳したり、その世界ではいろいろな偉業を残した人なんですが、いっぱい変な本も書いているみたいですね。

「アガサ失踪事件」が発想の発端

:第二編「引き立て役倶楽部の陰謀」ですが、ホームズの相棒であるワトソンほか探偵の相棒たちが結束した「引き立て役倶楽部」という団体があり、そのクラブに反する活動をしている人間がいて、ワトソンたちが「許せん」とその人物を探っていくと、それはアガサ・クリスティであった……という物語です。
:なぜこの話を思いついたかよくわからないんですが、クリスティに『アクロイド殺し』という有名な作品がありまして、それが出た1926年の暮れに彼女が失踪するんです。十日ぐらいで見つかるんですが、彼女自身はこの件について真相を語らなかったので、謎の「アガサ・クリスティ失踪事件」として残っているんですね。
:映画にもなりました。「アガサ 愛の失踪事件」ですね。
:失踪事件についていろんな説があるんですが、この作品で「アガサ失踪事件の絶対にあり得ない真相」を書こうと(笑)。その思いつきを形にするために、ワトソンたち引き立て役たちの集団、というのが必要になりまして。これも元になる短編があって、有栖川有栖さんが『有栖川有栖の本格ミステリ・アンソロジー』という本を出されたときに、「引立て役倶楽部の不快な事件」(W・ハイデンフェルド)という短編が収められたんですね。名探偵サミットが開かれて探偵がみんな国外に出てしまい、イギリスに残った相棒たちの目の前で変な密室殺人が起こる、という。これもパロディ短編ですが、この設定を使えばクリスティ失踪事件の真相が書ける、と思ったんですね。すごくマニアックな設定ですが軽い気持ちで書き始めたら、どんどん書きたいことが増えてしまって(笑)大変でした。
:会場の皆さん用に、本編に登場する引き立て役達のリストを作成してみました。

【「引き立て役倶楽部の陰謀」の主な登場人物たち】
(順不同・完全版。※会場で配布したものに加筆してあります。この項のみ文責・杉江)
■ジョン・H・ワトスン
アーサー・コナン・ドイル(1859〜1930)のシャーロック・ホームズ譚に出演した、史上もっとも有名な「引き立て役」。探偵助手の代名詞「ワトスン役」の元にもなった。代表作:『シャーロック・ホームズの冒険』(創元推理文庫他)
■アーサー・ヘイスティングス
アガサ・クリスティー(1890〜1976)の創造した探偵エルキュール・ポアロの行動記録者だが、ポアロ譚のすべてに登場するわけではなく、『アクロイド殺し』(1926)など出演しないものもある。クリスティーは同作を発表した後、謎の失踪事件を起こしてスキャンダルになった。ヘイスティングスはポアロの最終作『カーテン』(1975)で復帰し、重要な役割を担う。代表作:『スタイルズ荘の怪事件』(クリスティー文庫)
■ヴァン・ダイン
S・S・ヴァン・ダイン(1888〜1939)の探偵ファイロ・ヴァンスの行動は作者と同名の人物が務める。特色にも乏しく、引き立て役・オブ・ザ・引き立て役というべき人物である。代表作:『僧正殺人事件』(創元推理文庫)
■アーチー・グッドウィン
レックス・スタウト(1886〜1975)の探偵ネロ・ウルフは極端な巨漢でかつ変人のため、事件現場に出て来ない。その手足となって働くのがグッドウィンである。彼は引き立て役と言うにはもったいないほどの魅力の持ち主で、ウルフを凌ぐ人気がある(堂々と恋愛もする)。いわゆる「行動派探偵小説」の代名詞といってもいい人物だ。ウルフがホームズの私生児、というのは二人の名前に因むジョークである。代表作:『料理長が多すぎる』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
■マーヴィン・バンター
ドロシー・セイヤーズ(1893〜1957)の貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿の忠実なる従僕。そのキャラクター造形はP・G・ウッドハウスの万能従者ジーヴスを連想させる。代表作:『ナイン・テイラーズ』(創元推理文庫)
■クリストファー・ジャーヴィス
オースティン・フリーマン(1862〜1943)の科学探偵ジョン・イヴリン・ソーンダイク博士の相棒。このシリーズは倒叙推理の形式を生み出したことでも有名。代表作:『ソーンダイク博士の事件簿』(創元推理文庫)
■ハロルド・メリフィールド
ジョン・ロード(1884〜1964)の探偵ランスロット・プリーストリー博士のパートナー。このシリーズは未訳が多く、森下雨村訳『プレード街の殺人』などの復刊も待たれる。代表作:『見えない凶器』(国書刊行会)
■ライオネル・タウンゼンド
レオ・ブルース(1903〜1979)のウィリアム・ビーフ巡査部長シリーズに登場する。代表作の一つ『三人の名探偵のための事件』(新樹社)は、どこかで見たようなキャラクターにそっくりな三人の名探偵が露払いをしたところでビーフが活躍するという趣向になっており、モデルにされた探偵たちからは不興を買いそうな内容である。代表作:『死の扉』(創元推理文庫)
■ジュリアス・リカード
A・E・W・メイスン(1865〜1948)の創造したフランス人の名探偵ガブリエル・アノーの友人にして協力者。気のいい好人物で代表作『薔薇荘にて』(国書刊行会)の活躍は忘れがたい。
■エミリー・フレンチ
フリーマン・ウィルス・クロフツ(1879〜1957)の探偵ジョージフ・フレンチ警部(最後は警視に出世する)の妻。それほど目立った活躍はしないが、家に帰ったジョージフのよき聞き役であった。代表作:『マギル卿最後の旅』(創元推理文庫)
■ナイジェル・バスゲイド
ナイオ・マーシュ(1895〜1982)のロデリック・アレン警部譚の登場人物。このシリーズも未訳が多い。代表作:『道化の死』(国書刊行会)
■ジャイルズ・ゴット
マイクル・イネス(1906〜1995)のジョン・アプルビイ警部シリーズに登場。この連作は一作ごとに貌を変えており、邦訳が進むにつれて全体像が明らかになっていく。代表作:『ハムレット復讐せよ』(国書刊行会)
■オーウェン・フィッツステファン
ダシール・ハメット(1894〜1961)の産んだ名無しのコンティネンタル・オプものの第一長編『デイン家の呪い』(ハヤカワ・ミステリ文庫)に登場する小説家。
■ペイシェンス・サム
エラリー・クイーンがバーナビー・ロス名義で刊行した俳優探偵ドルリー・レインもの第3作『Zの悲劇』(角川文庫他)に登場する。ニューヨーク市警のサム警部の娘で、先駆的な女性探偵でもある。詳しくは法月綸太郎『盤面の敵はどこへ行ったか』(講談社)所収の評論を参照のこと。なお、若い女性をを引き立て役として名探偵の元へ送り込むという試みが……(次項参照)。
■ニッキィ・ポーター
(承前)作家エラリー・クイーンが同じ名前の探偵を活躍させるシリーズのどの作品につながるのかは読者の愉しみを奪うといけないので詳しくは書かない。『Zの悲劇』(1933)以降に書かれた作品をチェックのこと。そこにニッキィが登場する。また、探偵クイーン譚の最初から登場しているリチャード・クイーン警視には『クイーン警視自身の事件』(1957)他の自らが主役を務める作品がある。なお、J・J・マックという人物が初期作品では探偵クイーン譚の記録者としてクレジットされているが、作中には登場してこない。
■M・P・シール
安楽椅子探偵ものの元祖と言われるプリンス・ザレスキー・シリーズでは、作者のM・P・シール(1865〜1947)自身が語り手を務める。作中で紹介される奇矯なプロフィールは作者の実話である。『ザレスキーの事件簿』(創元推理文庫)で全編が読める。
■フランボウ
G・K・チェスタトン(1874〜1936)のブラウン神父シリーズの第1作「青い十字架」に登場したときは神出鬼没の怪盗だったが、神父によって改心させられよき引き立て役に納まる。代表作:『ブラウン神父の童心』(創元推理文庫他)
■ルイス・カーライル
アーネスト・ブラマ(1868〜1942)の創造した、目が不自由で聴覚など他の五感を駆使して推理を行う探偵マックス・カラドスの登場人物。代表作:『マックス・カラドスの事件簿』(創元推理文庫)
■ポリー・バートン
バロネス・オルツィ(1865〜1967)が造形した正体不明の怪人物・隅の老人にA・B・C喫茶店で会って怪事件の謎解きを聴く女性記者。2014年に刊行された世界初のシリーズ完全収録全集『隅の老人【完全版】』(作品社)を読むと、雑誌収録時には彼女には名前が与えられておらず、単行本でポリー・バートンというキャラクターができたことがわかる。まさに引き立て役!
■ビル・ベヴリー
『クマのプーさん』で知られるA・A・ミルンは長篇ミステリー『赤い館の秘密』(創元推理文庫)を著しているが、その中でしろうと探偵アントニー・ギリンガムによってワトスン役を押し付けられてしまう好人物である。蛇足ながらギリンガムは、横溝正史が金田一耕助を造形したときに参考にしたキャラクターとしても有名。
■フィリップ・トレント
彼は引き立て役ではない。E・C・ベントリー(1876〜1956)の『トレント最後の事件』(創元推理文庫)と『トレント自身の事件』(春秋社)という2作の探偵小説を発表しているが(後者は合作)、その中で探偵役を務める。『最後の事件』は恋愛要素を推理に絡めたという意味で画期的で、モダン・ティテクティヴ・ストーリーの出発点といってもいい作品である。
:これを見るといかに法月さんが書きながら乗っていったのかが分かると思います。
リストの頭からいいますと、アガサ・クリスティの相棒・アーサー・ヘイスティングスに異を唱えるのがジョン・ワトソンで、そのワトソンに賛同するのがヴァン・ダインで、といった形でだんだん人が増えているんですが、中盤に差し掛かるとものすごい勢いで引き立て役達が出てくるんですよね。
:そのあたりは調べるのが大変でしんどかったんですけど、人選も含めて楽しかったですね。
:この人選はどのように決められたのですか?
:有名どころから割り振っていったんですが、ワトソン役も世代交代みたいなものがありまして。僕が中学生ぐらいの頃に「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」(東京創元社)というシリーズがあって。『隅の老人』とか『思考機械』とか、後追いの名探偵がいっぱいいて、ホームズファンだったから一通り読んでたんですね。そこに出てきた人たちというのは、肌に染みついているんですよね。
ホームズの時代に近いシリーズほどワトソン率が高いんですが、さらに年代が下って黄金時代、本作の舞台となっている1930年代後半くらいになってくると、ワトソン役が減ってくるんですね。そのこと自体が作品の核心と結びついてくるんですが。なので、キャラの立ったワトソン役を出そうとすると、若干マニアックなものにいかざるを得ない(笑)。
:いや、若干じゃないですね(笑)。
:この短編では、ヴァン・ダインを悪役にしたんですね。彼を悪役にして、若造クイーンの文句を言わせるのが書いていて楽しくて。
ただ、いろいろなワトソンを楽しく書いていた反面、さっきも言いましたけども本格ミステリも世代交代があり、短編から長編へ、あるいはヒーローの冒険譚からフェアプレイのパズルへ、といった流れがありまして。ちょうどその変わり目をアガサ・クリスティという作家がはっきり示しているんですね。
特に本格マニアの男の子たちはクリスティのことを“読みやすくて、ベストセラー作家”であるというだけで、ずっと軽く見ていたと思うんですよね。「キャラクターが薄っぺらい」とか「文学性がない」とかいった言われ方をしていたんですが、90年代に入ってから「クリスティは文体レベルでものすごいテクニカルなことをしている」という再評価がミステリ界内外からされるようになって。
:若島正さんが『乱視読者の帰還』(みすず書房)に収録されている「そして誰もいなくなった論」で、あの文体がいかに機能的なものであるかを解明されています。
:そういうクリスティの再評価のこともあり、やはり本格ミステリ作家として一度はクリスティを正面から扱わなければと思っていて。とりわけ、ワトソンの出番が減っていく、という状況にすごく興味があって、そこを突っ込んで書いていったらこういうものが産まれた、という。普通だったら評論で書くようなことだとは思うんですが。
:北村薫さんの『ニッポン硬貨の謎』(創元推理文庫)が第6回本格ミステリ大賞の〈評論・研究部門〉を受賞した例もあるように。こういう知的パズルといいますか、深く考えさせる要素がある作品は、どこかに評論性を持つことがあります。その良い例を見させていただいたかな、という気がしますね。
最後の4編目「論理蒸発 - ノックス・マシン2」についてですが、「ノックス・マシン」自体が完結した話なのに、その続編を良く書けるものだな、と思いました。
:一言でいうと、「引き立て役倶楽部〜」がクリスティ論だったとすると、本作はクイーン論です。「読者への挑戦」論といってもいいんですが、ただどうしてこんな話になったのか、本人にも分かりません(笑)。ただとにかく「書ききった感」はありましたね。
:ではそろそろ時間も押し迫ってきましたので、質問コーナーに移りたいと思います。
――電子書籍版の『ノックス・マシン』についてお聞きしたいのですが。
:本作の電子書籍は「電子オリジナル・コンデンス(凝縮)版」と銘打って出ておりまして、「ノックス・マシン」と「論理蒸発 - ノックス・マシン2」の2編しか収録されていません。何故かと申しますと、3編目の「バベルの牢獄」という作品がありまして、これが電子書籍化できないトリックを使用しております。紙の本でしか出来ないトリックで、そのトリックが発動しないと全く意味のわからない短編でして。なので、電子書籍版からは「バベルの牢獄」は外さざるを得なかったんですが、本の佇まいとして「バベルの牢獄」が抜けた3編の状態だとすごく収まりが悪いんですよね。とてもバランスの悪い、自分にとっての本の完成形と随分違うものになってしまうので、読まれる方にとっては不便だとは思いますが、『ノックス・マシン』というタイトルで電子書籍を出すのであれば短編2つをまとめた凝縮版として出したいな、と。これは、紙の本のバージョンが完全版であるということをどうしても譲れなかったんですね。もしも、「バベルの牢獄」を電子書籍上で実現するような技術が産まれたときには新しい形で一冊にするかもしれません。
:今日はありがとうございました。